なにしろ紙が主役であり、コンセプトなだけのことはあります。
本のガバーを剥がすと、裏面にもテキストの原文が印刷されている。
それと、おもしろいのは、
帯の宣伝文がじつは表紙に折り返してあり、カバーと一体になっている。
いいアイディアだ。
それからテキストのレイアウト事態が各章ごとに
大きく変化する。
このようにマルチになったり、
ページにシンボルが入り、テキスト文を隠したりと
かなり激しく変わる。
内容?
マルケスの「百年の孤独」を三年繰り返して読んだというだけの
ことはあります。

読んでいて、同意も意義もある。
(当たり前か…)
ピカソ以降の現代アートの流れのひとつの仮説が提示されているが、その解釈がおもしろい。
かえって批評家ではこういうおもしろい文脈ができないのかもしれぬ。
しかし一方で西欧の文脈(ルール)にも違和感を覚える。
たしかにベニスビエンナーレを見ても「なんだこれは?」
時代にもなににもはまらないものの方が多い。
推定すると、それがあって3割の戦いが現代美術なのだろう。
学校について見解も刺激的だった。
たしかに、あれは生徒をダメにする。
しかしお金を払うとお客になるという傾向は奇怪至極。
日本人のゴッホ好きが貧乏に由来し、ピカソが揶揄されるイメージは
極東の島国の特殊な感覚だ。
著者のやっていることは、とても意識的。
そういえば一度フランクフルトの乗り継ぎ待ちで見かけたが、
意識的で感の強いタイプのように伺えた。
ナカナカ刺激になった。